歴史 / 時計製造の熟練技師だったドイツのエルンスト・ハウスマンが1870年に入社します。

1870年に、ローマの時計製造技師のインノチェンツォ・リッチは、時計製造の熟練技師だったドイツ人のエルンスト・ハウスマンとパートナー関係を結ぶことになります。時計の製造技術は、時計内部の一番車の生産に向けた投資によって、新しい刺激を伴う段階へと移行することとなります。当時生産された一番車は、現在でもHausmann & Co.の保管庫に保存されています。